震撼されたのはそのプロットじゃなくて、刘烨が演じた人物であった。
MANだ。
頭が悪くなったが、せめて正面的な思想が残っている。
ばかな人?はい、ばかと思う。
一心に一道で底まで歩く人。
うそをつかない、他人も嘘つきじゃないと信じてる。
DLの言葉に借用すると、「これは気骨がある映画だ」。
海軍時代から付き合った小草が刘烨からはなれたとき、
ちょっといかんせんな感じ、ちょっとつらい。
そのような男と一緒ならきっと辛いでしょうと思っている。
だから最後まで私もDLも小草に少しも文句を言わなかった。
最後の最後の最後、負傷した刘烨は健康になったらよかったのに…
残念ながら、それはもう一種のパーフェクトかも知らない。
へへ。
2009年3月23日月曜日
『硬漢』--MAN
つい先、『硬漢』(気丈な男)という映画を見た。
海軍あがりの男のことであった。
人民に奉仕することを信念として生きている男。
もちろん子供のころに見たフィルムとは違う。
その男を演じた俳優は刘烨という人。(『血色浪漫』にもでる)
そして黄秋生もいる。
退役までに、刘烨は海で溺れる戦友を救う時に自分も溺れて脳が重傷を負った。
知能が低くなったが、「人民に奉仕すること、悪い人を底まで倒れる」はずっと胸に刻んでいる。
豚肉に水を注射して販売する肉屋、ころ泥、騙り、偽チケットを売る人…そして文物犯罪者。
やつらは一人一人に刘烨の拳で倒れた。
刘烨の胸にはただ一つの考え--人民の代表として悪人をやっつけること!
黄秋生の演じるキャストはちょっと悲しい枭雄である。
文物商人、ある反社会組織の背景。
岳飛が使った槍(赤い房のついた旧式の槍)を取りに来た。
この槍はあるフランス人の「保存品」で、そのころはちょうど中国に展示していた。
黄秋生の心には一つの行儀がある--人を殺すのは九流犯罪者のやること。
最後は意外に刘烨の命のためにちょっと手伝った。
が、最後の最後、黄のせいか、刘烨の手が振るったせいか、
黄は「光栄的」にその高価の槍に命を失った。
海軍あがりの男のことであった。
人民に奉仕することを信念として生きている男。
もちろん子供のころに見たフィルムとは違う。
その男を演じた俳優は刘烨という人。(『血色浪漫』にもでる)
そして黄秋生もいる。
退役までに、刘烨は海で溺れる戦友を救う時に自分も溺れて脳が重傷を負った。
知能が低くなったが、「人民に奉仕すること、悪い人を底まで倒れる」はずっと胸に刻んでいる。
豚肉に水を注射して販売する肉屋、ころ泥、騙り、偽チケットを売る人…そして文物犯罪者。
やつらは一人一人に刘烨の拳で倒れた。
刘烨の胸にはただ一つの考え--人民の代表として悪人をやっつけること!
黄秋生の演じるキャストはちょっと悲しい枭雄である。
文物商人、ある反社会組織の背景。
岳飛が使った槍(赤い房のついた旧式の槍)を取りに来た。
この槍はあるフランス人の「保存品」で、そのころはちょうど中国に展示していた。
黄秋生の心には一つの行儀がある--人を殺すのは九流犯罪者のやること。
最後は意外に刘烨の命のためにちょっと手伝った。
が、最後の最後、黄のせいか、刘烨の手が振るったせいか、
黄は「光栄的」にその高価の槍に命を失った。
2009年3月13日金曜日
端午節
方玄綽(ほうげんしゃく)は近頃「大差ない」という言葉を愛用しほとんど口癖のようになった。それは口先ばかりでなく彼の頭の中にしかと根城を据えているのだ。彼は初め「いずれも同じ」という言葉をつかっていたが、後でこれはぴったり来ないと感じたらしく、そこで「大差ない」という言葉に改め、ずっとつかい続けて今日(こんにち)に及んでいる。
彼はこの平凡な警句を発見してから少からざる新しき感慨を引起したが、同時にまた幾多の新しき慰安を得た。たとえば目上の者が目下の者を抑えつけているのを見ると、以前は癪に障ってたまらなかったが、今はすっかり気を更(か)えて、いずれこの少年が子供を持つと、大概こんな大見栄(みえ)を切るのだろうと、そう思うと何の不平も起らなくなった。また兵隊が車夫を擲(なぐ)ると以前はむっとしたが、もしこの車夫が兵隊になり、兵隊が車夫になったら大概こんなもんだろうと、そう思うともう何の気掛りもなかった。
そういう風に考えた時、時にまた疑いが起る。自分はこの悪社会と奮闘する勇気がないから、ことさら心にもなくこういう逃げ路を作っているのじゃないか。はなはだ「是非の心無き」に近く、好(よ)きに改めるに如かざるに遠しというわけで、この意見が結局彼の頭の中に生長して来た。
彼がこの「大差無し」説を最初公表したのは、北京(ペキン)の首善学校(しゅぜんがくこう)の講堂であった。何でも歴史上の事柄に関して説いていたのであったが、「古今の人相遠からず」ということから、各色人種の等しき事、「性相近し」に説き及ぼし、遂に学生と官僚の上に及んで大議論を誘発した。
「現在社会で最も広く行われる流行は官僚を罵倒することで、この運動は学生が最も甚(はなはだ)しい。だが官僚は天のなせる特別の種族ではない。とりもなおさず平民の変化したもので、現に学生出身の官僚も少からず、老官僚と何の撰ぶところがあろう。『地を易(か)えれば皆然り』思想も言論も挙動も風采も元より大した区別のあるものではなく、すなわち学生団体の新(あらた)に起した許多(きょた)の事業は、すでに弊害を免れ難く、その大半は線香花火のように消滅したではないか。全く大差無しである。ただし中国将来の考慮すべき事はすなわちここにあるので……」
講堂の中には二十名余りの学生が散在していた。ある者はいかにもそうだ、というような顔付した。この話を好いと思ったのだろう。ある者は憤然とした。青年の神聖を侮辱すると思ったのだろう。他の幾人は微笑を含んで彼を見た。おおかた彼自身の弁解とこれを見たのだろう。方玄綽は官僚を兼ねていたからである。
しかしこの推定は皆誤りであった。実際これは彼の新不平に過ぎないので、不平を説いてはいるが、彼の分に安(やすん)ずる一種の空論にしかあり得ない。彼は自分では気がつかないが、怠け者のせいか、それともまた役に立たないせいか、とにかく運動を肯(がえん)じないで、分に安じ己(おのれ)を守る人らしく見えた。大臣は彼に神経病があるのを罪無きものに思い、彼の地位に動揺を来さないから、彼は一言(ごん)も言い出さないのだ。教員の月給が半年ほど渡らないが、一方には官俸を取って支持しているから、彼は一言も言い出さないのだ。教員が聯合(れんごう)して月給の支払を要求した時、彼は内心大人げないことだ、騒々しいことだと思ったが、官僚が度を越えて教員を疎外したという話を聴き及んでいささか感ずるところあり、その後一転して自分もちょうど金に困り、そうしてほかの官僚は教員を兼任していないという事実を確めたので初めてなるほどと感づいたのである。
彼は金に差支えたが教員の団体には加入しなかった。しかし衆(みな)が罷業(ひぎょう)すれば講堂には出ない。政府は「授業をすればお金をやる」と声明したが、この言葉は彼にとっては非常に恨めしかった。まるで果実を見せびらかして猿を使うようなものである。それにある大教育家の説得がはなはだ気に食わなかった。
「片手に書物を抱えて片手に銭を要求するのははなはだ高尚でない」
と、彼はこの時、初めて彼の夫人に対して不平を洩した。
「おい、たった二皿だけか? どういうわけなんだえ、これは」
高尚でないという説を聞いたその日の晩、彼はお惣菜を眺めてそう言った。
新教育を受けたことのない奥さんには学名もなければ雅号もなかった。だから別に何と言いようもなかった。旧例に拠れば「夫人」と呼んでいいのだけれど、彼は古臭いのが嫌いで、「おい」という一語を発明した。夫人は彼に対して「おい」という一語すらも所持せず、ただ面と向って話すだけである。それでも習慣法に拠って、その言葉が彼に対して発せられるということが解るのである。
「だけど、先月の分は一割五部しかないのですもの、みんな遣い切ってしまいました。きのうのお米はそれやもう、ようやくのことで借りて来たんですよ」
彼女は卓の側(そば)に立って彼と顔を合せた。
「そら見ろ、本を教えて月給取るのが卑しいか。これは皆連絡のあることで、人は飯を食わなければならん、飯は米で作らなければならん、米は銭で買わなければならん。こんな些細のことを知らないのか……
彼はこの平凡な警句を発見してから少からざる新しき感慨を引起したが、同時にまた幾多の新しき慰安を得た。たとえば目上の者が目下の者を抑えつけているのを見ると、以前は癪に障ってたまらなかったが、今はすっかり気を更(か)えて、いずれこの少年が子供を持つと、大概こんな大見栄(みえ)を切るのだろうと、そう思うと何の不平も起らなくなった。また兵隊が車夫を擲(なぐ)ると以前はむっとしたが、もしこの車夫が兵隊になり、兵隊が車夫になったら大概こんなもんだろうと、そう思うともう何の気掛りもなかった。
そういう風に考えた時、時にまた疑いが起る。自分はこの悪社会と奮闘する勇気がないから、ことさら心にもなくこういう逃げ路を作っているのじゃないか。はなはだ「是非の心無き」に近く、好(よ)きに改めるに如かざるに遠しというわけで、この意見が結局彼の頭の中に生長して来た。
彼がこの「大差無し」説を最初公表したのは、北京(ペキン)の首善学校(しゅぜんがくこう)の講堂であった。何でも歴史上の事柄に関して説いていたのであったが、「古今の人相遠からず」ということから、各色人種の等しき事、「性相近し」に説き及ぼし、遂に学生と官僚の上に及んで大議論を誘発した。
「現在社会で最も広く行われる流行は官僚を罵倒することで、この運動は学生が最も甚(はなはだ)しい。だが官僚は天のなせる特別の種族ではない。とりもなおさず平民の変化したもので、現に学生出身の官僚も少からず、老官僚と何の撰ぶところがあろう。『地を易(か)えれば皆然り』思想も言論も挙動も風采も元より大した区別のあるものではなく、すなわち学生団体の新(あらた)に起した許多(きょた)の事業は、すでに弊害を免れ難く、その大半は線香花火のように消滅したではないか。全く大差無しである。ただし中国将来の考慮すべき事はすなわちここにあるので……」
講堂の中には二十名余りの学生が散在していた。ある者はいかにもそうだ、というような顔付した。この話を好いと思ったのだろう。ある者は憤然とした。青年の神聖を侮辱すると思ったのだろう。他の幾人は微笑を含んで彼を見た。おおかた彼自身の弁解とこれを見たのだろう。方玄綽は官僚を兼ねていたからである。
しかしこの推定は皆誤りであった。実際これは彼の新不平に過ぎないので、不平を説いてはいるが、彼の分に安(やすん)ずる一種の空論にしかあり得ない。彼は自分では気がつかないが、怠け者のせいか、それともまた役に立たないせいか、とにかく運動を肯(がえん)じないで、分に安じ己(おのれ)を守る人らしく見えた。大臣は彼に神経病があるのを罪無きものに思い、彼の地位に動揺を来さないから、彼は一言(ごん)も言い出さないのだ。教員の月給が半年ほど渡らないが、一方には官俸を取って支持しているから、彼は一言も言い出さないのだ。教員が聯合(れんごう)して月給の支払を要求した時、彼は内心大人げないことだ、騒々しいことだと思ったが、官僚が度を越えて教員を疎外したという話を聴き及んでいささか感ずるところあり、その後一転して自分もちょうど金に困り、そうしてほかの官僚は教員を兼任していないという事実を確めたので初めてなるほどと感づいたのである。
彼は金に差支えたが教員の団体には加入しなかった。しかし衆(みな)が罷業(ひぎょう)すれば講堂には出ない。政府は「授業をすればお金をやる」と声明したが、この言葉は彼にとっては非常に恨めしかった。まるで果実を見せびらかして猿を使うようなものである。それにある大教育家の説得がはなはだ気に食わなかった。
「片手に書物を抱えて片手に銭を要求するのははなはだ高尚でない」
と、彼はこの時、初めて彼の夫人に対して不平を洩した。
「おい、たった二皿だけか? どういうわけなんだえ、これは」
高尚でないという説を聞いたその日の晩、彼はお惣菜を眺めてそう言った。
新教育を受けたことのない奥さんには学名もなければ雅号もなかった。だから別に何と言いようもなかった。旧例に拠れば「夫人」と呼んでいいのだけれど、彼は古臭いのが嫌いで、「おい」という一語を発明した。夫人は彼に対して「おい」という一語すらも所持せず、ただ面と向って話すだけである。それでも習慣法に拠って、その言葉が彼に対して発せられるということが解るのである。
「だけど、先月の分は一割五部しかないのですもの、みんな遣い切ってしまいました。きのうのお米はそれやもう、ようやくのことで借りて来たんですよ」
彼女は卓の側(そば)に立って彼と顔を合せた。
「そら見ろ、本を教えて月給取るのが卑しいか。これは皆連絡のあることで、人は飯を食わなければならん、飯は米で作らなければならん、米は銭で買わなければならん。こんな些細のことを知らないのか……
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